あるホワイトデーの風景 <公園の噴水広場にて> 指定された場所は、公園の噴水広場だった。 春になったとはいえ、まだ肌寒い気候。 そのせいか、水辺近くで遊んでいる子供たちは少ない。 噴水の前に到着し、待ち人はいずこに、と公園の入口を見た。 すると、タイミング良く、私をここへ呼び出した張本人である火原和樹くんがちょうど公園に入って来たところだった。 そして、すぐに私を見つけるや否や、笑顔でブンブンと手を振りながら駆け寄ってきた。 失礼を承知で言っちゃうけど……ホント、火原くんはわんこのようだ。 「ちゃん、来てくれてありがとう! ごめんね、待たせちゃった?」 ううん、ちょうど今来たところだよ。 ……あれ? 制服でトランペット、って、学校から直接来たの? 「うん! 早くきみに会いたかったからね」 無邪気に笑う彼。 それに、と彼は自慢の相棒であるトランペットが入ったケースを私の前にかざすと、再び笑った。 「やっと試験から解放されたから、好きなだけ好きな曲を吹くんだ!」 試験の課題曲がよほどつらかったのか、今の彼は、明日の遠足を楽しみにしている子供のようにはしゃいでいる。 そういえば、課題曲は彼の苦手な部類の曲だって言ってたな……。 私が以前した彼との会話を思い出している間に、彼はいそいそ音合わせを済ませ、華やかな音を奏で始めた。 彼の相棒であるトランペットは、春の風に音を乗せて、遥か遠くへと運んで行く。 まばらにいた公園の人たちは、そんな明るく弾んだ音に導かれるように徐々に集まり始め、 気がつくと、彼を取り囲むように大きな人の輪ができていた。 これも、火原くんだから、なんだろうな。 太陽のように明るくて、元気で、人懐っこくて、時にはわんこみたいに可愛くて。 くるくると変わる表情が面白くて、でも、夢を語る眼差しは真剣で、カッコよくて。 そんな彼が……私は、大好きで。 奏でる音を聴きながらそんなことを考えていたら、次に耳に入ってきた音は、大きな拍手の音だった。 彼は演奏を終え、観客である公園にいた皆さんから拍手をもらっていた。 そんな皆さんに、火原くんは、もらった拍手に負けないくらいの大きな声で、何度もお礼を言っていた。 ひとしきり吹いて、かつ、皆さんから拍手をもらって満足したのか、火原くんは満面の笑みを浮かべながら近くのベンチに腰を下ろした。 そして、トランペットを丁寧に掃除して、優しい手つきでケースへと収めた。 作業を行っている彼の隣に、私も腰を下ろす。 で、そのままふたり、春の日差しを浴びながら日向ぼっこ。 春だね〜。日陰はまだ寒いけど、日向は暖かいや。 このまま日向ぼっこしてたら、そのうち寝ちゃいそうだよね? 同意してくれる返事をくれるだろうと思っていたら、返ってきたのは……沈黙。 不思議に思って火原くんを見ると、私の声が聞こえていないのか、何かぶちぶちと口ごもっている。 あの……火原くん? どうしたの? 彼の様子に気になって声を掛けても、一向に反応ナシ。 ため息をついて、私はベンチから立ち上がった。 隣から目の前に私が移ったことにも気づかない彼の目の前で、パチン! と手を鳴らしてみた。 「ぅわっ!?」 私が鳴らした手が効いたのか、火原くんは変な声を上げて思いっきりのけぞった。 そしてそのまま、驚いたように私を見つめていた。 おお、やっと反応があったよ。 驚いてベンチから落ちなかっただけよしとしよう、かな。 驚かせてごめんね。 でも、さっきから話しかけても何の反応もないんだもん。心配するでしょ? 何かあったの? 私でよければ、話聞くよ? 私がそういうと、火原くんは乾いた笑いを漏らして、首を横に振った。 そして、腕に抱えていたショルダータイプのバックを開け、中からいろいろと取り出し始めた。 ……これは、何のお店だろう? バックからは、次から次へといろいろな物が出てきた。 テディベアが入ったマグカップを筆頭に、春らしい色合いの髪留め、ビーズのワンポイントが付いたヘアピンという小物から、 カラフルな飴、ふわふわのマシュマロ、可愛い形のクッキーといったお菓子まで。 気がつくと、取り出された数々の物は、私たちが座っているベンチの上を彩り豊かに飾っていた。 あ然としている私の横で、火原くんは恥ずかしそうにこれらを取り出した理由を言った。 「あの……あのね、おれ、ホワイトデーのお返しを選ぶの、初めてでさ、何を返していいか、正直、分からなくって。 で、いろんなお店に行って、いろんなものを見て、これはきみに似合いそうだな、とか、これを一緒に食べたいな、とか考えてて……その」 つまりは…… 初めて自分でホワイトデーのお返しを選ぶことになった火原少年は、何をあげていいか分からなかった。 いろいろなお店でお返しを探すうち、あれもいい、これもいい、と買っていたところ、気がついたらこの数になった。 ……っというところですか? 顔を真っ赤にして支離滅裂に話す彼の話を完結にまとめたところ、思いっきり勢いよくうなずきが返ってきた。 首、大丈夫? でも……何か、火原くんらしいね、そういうの。 すごくうれしいよ、ありがとね。 ホントにこんなにもらっちゃっていいの? ベンチに並べられた彼からのお返しを見ていうと、返ってきたのは、すっごくうれしそうな笑顔。 「当たり前だよ! これは全部、ちゃんのために選んだんだから!」 ふふ、ありがとう……って、あれ? 火原くん、今、私の名前……。 聞き間違いかと思って彼を見ると、顔がさっきにも増して真っ赤になっていて。 私の名前を呼んだのは聞き間違いではなかったことを、如実に証明していた。 「あのっ! こ、これはそのっ! お、おれがその……前から、可愛い名前だなぁって思ってて! だから、そのっ!」 慌てて言い訳のようなことを言っている彼の姿が可笑しくて、不謹慎とは思いつつも、吹き出してしまった。 名前を呼ぶくらい、別にいいのに。むしろ……うれしいのに。 笑わないでよ〜、という拗ねた声に、自然と笑顔になってしまう。 ホントに、火原くんといると飽きないなぁ。 笑いすぎて目の縁に溜まった涙を拭って彼を見る。 あれ? 何か、いつもと雰囲気が、違う……? 「……ちゃんの笑顔、おれ、すっごく好き」 突然の告白に、今度は私の方が慌てることになった。 な、なに、いきなりそんな……。 「そうやって照れてるきみも、さっきみたいに大笑いしてるきみも、おれの音を聴いてくれてるきみも、すっごくすっごく好き。大好き」 そ、そんなことを、幸せを噛みしめたようなほわほわした笑顔で言わないでよ! ……うう、ほてる頬を両手で押さえるけど、顔が熱くなるの、やっぱり抑えられないよぅ。 うつむき加減で上目で火原くんを見ると、私の反応に満足したのか、満面の笑みでこちらを見ていて。 何か……くやしいぞ? そう思った私は、勢いよく俯いていた顔を上げた。 突然の私の行動に彼は驚いたようで、視線を合わせた瞳が不思議そうに私を見つめていた。 そんな彼の反応を心の中で、してやったり、と思いながら、私はにっこりと笑みを浮かべてゆっくりと告げた。 私も、和樹くんが好きだよ。大好き。 さらににっこりと微笑んだら、予想通り、火原くん改め、和樹くんの顔は一瞬にして真っ赤になった。 金魚のように、口をぱくぱくと動かしている。 そんな彼が可愛くて、すごく、愛おしくて。 こんなことしたら、さらに彼を動揺させちゃうかな、って思いながら 彼にゆっくりと顔を近づけ 真っ赤な頬に、優しく、くちづけた。 |