バレンタインからホワイトデーへ −13日前− <金澤紘人の場合> ブーン…… 真夜中。 自宅のテーブルの上に置いていた携帯電話が、突然、震え始めた。 教師という仕事柄、平日は着信音をオフにしてバイブレータ機能を利用している。 休日はそれを解除しているのだが、週末は誰からも連絡が無かったため、設定を休日に引き継いでしまったようだ。 携帯電話を手に取り、フリップを開ける。 表示された時刻を見ると、ちょうど午前0時だった。 「こんな夜中に、いったい誰だ?」 届いていたのはメールだった。 内容を確かめるべく開いた受信ボックスの「From」部分を見た俺は、驚きに目を見開いた。 そこには、最近俺の心を乱してくれる人物の名前が表示されていた。 慌てて開封すると、本文には大きな文字で「Happy Birthday」と書かれていた。 ご丁寧に、ローソクが立ったケーキの絵まで付けて。 反射的に俺は、壁に掛かっているカレンダーに目を向ける。 昨日は2月の最終週で、金曜日だった。 ということは…… 今日は、3月1日。 俺の誕生日。 本人だって忘れてたってのに、まったく、本当にお前さんは、俺の心を揺さぶってくれる。 忘れていた感情を、あれだけ傷を負った心を、ほんの一瞬で、たった一言で。 本当に、すごい力を持っている人間だよ、お前さんは。 あの、バレンタインの日もそうだ。 突然、音楽準備室に現れたと思ったら、にっこり笑って、白い大きな袋を差し出してきた。 とりあえず受け取り、中身を見てみる。 中には、真っ白な長方形の箱にダークレッドのリボンが掛かった箱と、同じリボンが掛かった正方形の箱。 続けて取り出した2つの箱を開けてみると、長方形の箱にはレザーの手袋。 そして、正方形の箱には、きれいに丸く形どられたチョコレートトリュフ。 ほのかなブランデーの香りが、埃まみれの教材室を彩った。 参った。 俺は表情を隠すために、とりあえず天を仰いだ。 お前さんは変なところで鋭いからな。 その瞳で見つめられたら、きっと俺は、お前さんと同じ想いを抱いているとバレてしまう。 結局、礼を言ったときに見たお前さんの顔で、それが無駄だったかもしれない、と思い知るのだが。 「今年は……金曜日か」 もう一度カレンダーを見て、その日の曜日を確認する。 今年は謀ったように週末だ。 しかも当日、午後から予定はない、と、ご丁寧に本人がスケジュールを教えてくれている。 大人の男の気持ちをいいように揺さぶってくれたお礼は、きちんとお返ししなきゃな……。 俺の言葉に慌てふためくお前さんを想像して、笑みがこぼれた。 |