<2>


 夕暮れの星奏学院。
 柔らかな赤い光は、帰り支度をする生徒たちや彼らが集う学び舎を優しく包んでいる。


 その中に、新しく生まれた光が3つ、それぞれの場所に宿った。





 音楽科校舎 音楽室――。

 もうすぐ下校時間だからなのか、普段は自主練習やオーケストラ部員で賑わっている音楽室には人の気配がなかった。
 その音楽室で、隅にある全身鏡を見つめる生徒がひとり。

 淡いピンクのブラウスにボレロ風の白いジャケット、カーキ色のボックスプリーツスカート、白いハイソックスに茶色のローファー。
 胸元のリボンは黒色であることから、音楽科の3年生と見受けられる。

「どうみても、星奏学院音楽科の制服よ、ね……」

 少女は鏡に映る自分……いや、自分と思われる人物の姿を見つめ、整った柳眉をひそめた。
 そして、下ろしていた腕を腕組みする形で彼女の胸元にクロスする。

「同じ動き……やっぱり、この鏡に映るのは私自身の姿、なのね」

 鏡から視線を落とし、彼女は静かにため息をついた。
 ポニーテールに結い上げた髪が、さらさらと彼女の顔を覆い、その表情を隠す。

「……とりあえず、言われたところに行ってみるか」

 新たなため息をついてそうつぶやくと、彼女は顔を上げ、音楽室を退出するべく歩みだした。
 その後ろには、人ならず小さな生き物が、静かに優しく、彼女を見つめていた。



 普通科校舎 エントランス――。

 購買の閉まっている扉の前で絶句している生徒がひとり。
 カーキ色のセーラーカラーのジャケットに白いプリーツスカート、ジャケットと同色のハイソックスに茶色のローファー。
 胸元のタイが臙脂色であることから、普通科の2年生と見受けられる。

「ちょっ……! コレ誰? 私? 私なの?」

 少女は扉に映る自分……いや、やはり自分と思われる人物の姿を見つめ、目を丸くして驚いた。
 そして、ゆっくりと扉に近づき、ペタペタと顔や身体を触ってゆく。

「同じ動きしてる。じゃあやっぱり、これは私なんだ。……いつの間にコスプレしたんだろ?」

 ……いや、問題はそこじゃなかろう?
 第三者のツッコミが届いたか否か、扉に映っている姿と周囲をしばらく見回した彼女は、思い出したように、ぽん、と手を叩いた。

「見たことあると思ったら、ここ、星奏学院のエントランスにそっくりだ。……ってことは、あの声が言ってたのは、本当?」

 右の人差し指でこめかみを押さえ、首をかしげて考える。
 自然と眉間にシワがよるのは無理もないことだ。

「う〜ん……とりあえず、あの声が言ってたところに行ってみれば分かるかな? たどり着けるか不安だけど」

 不安要素をつぶやくと、彼女はゆっくりとエントランスの出口へ向かった。
 その後ろには、人ならず小さな生き物が、ゆっくりと不安気に、彼女の後を追って行った。



 学院内の憩いの場 森の広場――。

 ひょうたんの形をした池の水面の側で、周りの景色を見ながら思案している女性がひとり。
 淡い水色のカッターシャツにグレーのパンツスーツ、黒いパンプス。姿からして学院の生徒ではなさそうだ。
 関係者しか入れない学院内にいることから、教職員、あるいは近くにある大学部の学生なのだろう。

「ここは……公園?」

 池の水面を覗き込み、シャツの襟を整えたり髪を整える姿が、水面に映っている人物の行動とシンクロしている。
 つまり、この姿は自分自身。
 普段とは異なる姿で見知らぬところになぜかいることにそっと嘆息し、昨晩の夢の内容を思い出す。

「夢の話が本当だとすると、ここは星奏学院。そして、木々が茂る学院内の場所は……森の広場」

 冷静に分析しつつ、改めて周りをぐるっと見渡す。すると、近くのベンチの下に寝転ぶ猫を見つけた。
 猫は彼女がつぶやいた言葉が聞こえたのか、突然立ち上がり、にゃあ、と一声鳴いた。

「……正解、ってところかな? じゃ、目的地を目指しますか」

 彼女は寝転ぶ猫に微笑みかけると、目的地へ向かうべく、広場から見える校舎へと視線を移した。
 その後ろには、人ならず小さな生き物が、驚きと尊敬のまなざしを、彼女へと注いでいた。




 学院を護る妖精によって生み出された3つの光が邂逅するまで


 あと、わずか―――――