バレンタインからホワイトデーへ −5日前− 





<吉羅暁彦の場合>



 執務机に積み上げられた資料の上に、たった今まで目通ししていた資料をさらに置く。
 多少ぐらついたが、まあ、倒れることはないだろう。
 一息つこうと立ち上がると、退いた椅子の足に鞄が引っ掛かり、そのまま倒してしまった。
 元に戻そうと鞄をつかむと、そこから小さな箱がこぼれ落ちた。

 ラメを含んだ黒いサテンのリボンに結ばれた、黒曜石のように輝く箱。
 鞄を起こすはずが、気づけばその箱をゆっくりと拾っていた。


 これは、先日のバレンタインにある人物から渡されたもの。


 彼女は現在開催中の学内コンクールに参加している。
 単なるただの関係者であるならば、まったく気には止めなかっただろう。

 彼女が私同様、ファータに選ばれた稀有な者であるということがなければ。

 いつも会うといえば正門前、あのファータ像の付近。
 時にファータとタッグを組んで詰め寄られ、時にファータを抑えて私に賛同する。
 彼女は会うたびに異なる表情を私に見せる。


 一体、本当の君はどこにいるのか……。


 以前にそう問うた答えとして、彼女はこの箱を私に渡したのだ。
 この日にあなたにこれを渡しているのが、本当の私です、と。

 箱の中身は、ゴールドのネクタイピン。
 さらに、丸いトリュフにアーモンドリキュールを香り付けしたウィスキーボンボンがあった。
 口の中でゆっくり溶けるそれは、上品な甘さとアーモンドのほのかな香りがウィスキーの風味と合わさって、絶妙なハーモニーを奏でた。


 手にした箱のリボンを解き、入れっぱなしにしていたネクタイピンを取り出す。
 何の装飾品もなくシンプルな形だが、ピンに差す光の角度によって幾重にも輝き方を変える、何とも不思議なもの。
 まるで、あの彼女のようだ。



「ふっ……面白い」



 私のような冷たくつまらない人間に、こんなにもまっすぐに感情をぶつけ、歩み寄ろうとする。
 ならば、私はそれに答えなければならないな。
 幸い、今年のお返しを贈る日は金曜日だ。





 ゆっくりと、同じ時間を過ごそうではないか。











――――― ホワイトデーまで あと 5日 ―――――