バレンタインからホワイトデーへ −3日前− <王崎信武の場合> 「参ったな……」 ボランティアに参加した帰り道、ふと口から言葉がこぼれ落ちた。 『お兄さんの音はいつ聴いてもきれいだけど、今日は一段とすてきだわ。おじいさんに恋をしていた頃を思い出してしまうわね』 ボランティア先の施設でおれのヴァイオリンを楽しみにしてくれているおばあさんからの言葉に、一瞬返答が遅れてしまった。 まさか、音に乗っておれの想いが伝わってしまうとは。 あの時、おれは君のことを想いながらヴァイオリンを奏でていたんだ。 演奏曲は、シチリアーノ。 おれが高校生の頃に開催された学内コンクールで優勝したときに演奏した曲。 君が大好きだと言ってくれた曲。 君が……あの日、おれだけのために弾いてくれた曲。 その日はボランティア先の皆さんからチョコレートをいただいて、初めてバレンタインデーだと気がついたと言ったらて笑われて。 誰かチョコレートをくれる相手はいないの? と問われて思い浮かんだ人がきみで。 そんなわけない、と考えを打ち消した帰り道に、公園でおれを待っていたのもやっぱりきみで。 手作りじゃなくてごめんなさい、ときみはチョコレートをくれたけど、きみからもらえてとてもうれしかったんだ。 きみの想いが。 きみがおれを想ってくれているということが。 ただそれだけで、おれの中に喜びが満ちてゆくんだ。 その代わり、ときみは、おれだけの演奏会を開いてくれたね。 この日のために練習してくれたという、おれの思い出の曲を。 ああ、この想いを、この溢れてくる愛しさを、早くきみに伝えたい。 そういえばきみは、その日は午後から予定はないと言っていたね。 おれもその日はちょうど何も予定は入ってないはず。 さて、きみへ何をお返ししようかな。 あれこれ考えている時間まで楽しくなる。 ねえ、きみは何がほしい? |