バレンタインからホワイトデーへ −15日前− <志水桂一の場合> 夕飯を食べていると、叔母が突然言いました。 もうすぐホワイトデーだけど、桂ちゃんは何をお返しするの?、と。 意味が分からなくて首をかしげていると、叔母は苦笑いして説明してくれました。 ホワイトデーは、バレンタインデーにチョコをもらった人にお返しをする日だ、と。 ホワイトデーの意味を聞き、僕はまた首をかしげました。 確かに、バレンタインデーにはチョコをたくさんもらいました。 でも僕、そのチョコたちがどこから来たのか、誰に渡されたか、ぜんぜん分からないんです。 それを告げると、叔母はまた苦笑いしてました。叔父も一緒に。 でも、ひとつだけ。 今も机の中に大切に閉まってある、僕の大好きな色である山吹色の箱だけは、どこで誰から渡されたのか、ちゃんと覚えています。 先輩、あなたです。 その日、僕は屋上でチェロを弾いていました。 澄んだ冬の空気は、きれいに音色を響かせてくれるからです。 そこにやってきたのは、先輩でした。 やっと見つけた、と言って、先輩は僕に四角い箱を渡しました。 もらった箱を開けたら、そこには丸い形のチョコ玉がきれいに並んでいました。 何だろう?、と思って先輩を見ると、今日はバレンタインだよ、と教えてくれました。 これって、バレンタインのチョコですか? そう問うと、先輩は苦笑しながらうなずきました。 帰宅してから先輩のチョコを食べようとしたら、下宿先の叔母が「あら、きれいなトリュフね」と言いました。 このチョコの球体は、トリュフって名前なんですか? 一口頬張ると、硬いチョコの中から、とろっとチョコソースが出てきました。 とても美味しくて、僕は一気にそれを食べてしまいました。 今考えると、もう少し味わって食べればよかったと思います。 「何を、お返ししようかな……」 夕飯を食べ終え、自室でチェロを弾こうと愛用の椅子に座ったとき、ふと、頭に先輩の顔が浮かびました。 そして、溢れるように、僕の中からたくさんの音が流れてきました。 心の赴くまま、チェロを奏でていると、とても楽しく、心が温かくなるんです。 そうだ。 僕は、携帯電話で実家の姉に電話しました。 思いついたことを姉に話すと、協力してくれると即答してくれました。 期限を確認して、姉との電話を切ると、僕は棚に立ててあるスコアブックに手を伸ばしました。 その中から、何も書かれていない五線譜を取り出して、タイトル欄に先輩の名前を書きました。 僕からのお返し、先輩に喜んでもらえるといいな……。 |