バレンタインからホワイトデーへ −1日前− 





<土浦梁太郎の場合>



「さて、と……こんなもんかな」


 夕方、主婦や会社帰りの人々でにぎわうスーパー。
 食材を山ほど積まれた買い物カゴを乗せたカートを押しながら、俺は買い忘れはないか確かめていた。

 確かめるために立ち止まったそこには、「春の新作」との看板とともに、色とりどりの和菓子が置かれていた。
 その和菓子を見て、俺はふと、あの日のことを思い出す。


 それは、一般に「バレンタインデー」と呼ばれる日のこと。


 放課後、いつものように予約していた学校の練習室へ向かうと、扉の前にあいつがいた。
 なぜここに?という疑問符を投げかける前に、突然、黄緑っぽい風呂敷に包まれた四角いものが手渡された。
 バレンタインデーの贈り物、という言葉とともに。

 今日がバレンタインデーだということが分からなかった俺は、そこで初めて、分かった。
 どおりで今日は、やたらと声を掛けられると思った。(そのくせ、俺がその声に振り向くと、逃げやがるんだ……)

 手渡されたものの意味がようやく分かると、あいつの顔をまともに見られない俺がいた。
 どうコメントしていいか分からず、あいつから視線を外し、礼を言うことしかできなかった。

 無愛想な俺の態度でも渡せたことが満足したか、練習邪魔してごめんね、と言い残し、あいつは走り去った。

 練習室に入った俺は、ピアノの椅子に置いた手渡されたそれを開けてみた。
 箱の中身は、見たところは一口サイズの大福。
 しかし、箱から漂ってくる香りは、甘いチョコレートの香り。
 ひとつ手に取って、口に放り込んでみる。
 一噛みすると、軟らかい餅の中から甘さを抑えたビターチョコがとろりと流れた。

 まさか、あいつからこんな手の込んだ手作りの菓子をもらうなんて。
 しかも、風呂敷は自分が好む草色。
 驚きつつも嬉しいと思ってしまう気持ちに、もう、ふたはできそうにない。


 手作りのお返しは、手作りで。


 その日はちょうど、週末の金曜日。
 当日、あいつは午後から予定は何もないはずだ。

 俺はもう一度、品物が山のように積まれた買い物カゴに視線を移す。
 母親に頼まれたものも含まれるが、ほとんどがあいつに渡すものを作るための材料。



「……ガラじゃねぇ、な」



 これを作ろうと思った理由を言ったら、おまえはきっと、そうやって俺に言うだろうな。
 それでも、受け取ってくれるだろう。
 あいつのことだから。





 旨いもん食わせてやるから、楽しみにしていろよ。











――――― ホワイトデーは もうすぐ ―――――