バレンタインからホワイトデーへ −9日前− <月森 蓮の場合> ……まただ。 こんな簡単なフレーズをミスタッチするなんて、最近の俺はどこかがおかしい。 構えを解き、気分転換を図ろうと机に歩み寄る。 ヴァイオリンを収めようとケースに目を向けると、それよりも先に俺の目を捕らえてしまうものがある。 あの日、君から渡された贈り物だ。 当日が何の日かは薄々分かっていた。 朝から見ず知らずの女子に話しかけられては足止めされて、断っては文句を言われて…を繰り返していたからだ。 まったく不愉快極まりない迷惑なイベントだ、と思って半ば逃げるようにやってきた屋上で、まさか君からもらえるとは思ってもいなかった。 ……いや、それは違うな。 確かに俺は、君からもらえることを望んでいた。 同じくらい、もらえるはずはないと思いながら。 そんな感情が錯綜する中、君は俺にこうしてバレンタインの贈り物を渡してくれた。 空色の鮮やかな箱の中に入っていたのは、チョコレートでコーティングされたウェハースだった。 俺がウェハースが好きなことは告げたことはないから知らないはずなのに……。 ガナッシュウェハースを作ったの、と誇らしげに言った君の言葉に、俺はまた驚かされた。 これは君の手作りなのか? わざわざ俺に贈るために、君はこれを作ったというのか? 予想外の展開に嬉しさが込み上げ、俺は自然と顔が赤くなるのを止められなかった。 あの時、俺はちゃんと君へ礼を告げられただろうか? 恥ずかしながら俺は、あまり経験したことのない自分の中の激しい感情の起伏に驚くばかりで、記憶があやふやなんだ。 いつもいつも考えてしまう。 君へのこの想いをどう表したらよいのだろう。 どう表したら、この溢れる愛しいという想いが君へ届くのだろうか。 いつも温かい感情を向けてくれる君へ……俺は、何を返せるのだろうか、と。 そればかりが、俺の頭を駆け巡る。 他人との距離を置こうとするこの俺が……君のことばかり考えてしまうんだ。 「これは、当日までの俺自身への課題だな」 そう言葉にして、俺は苦笑いしながら、再びヴァイオリンを構える。 君への想いを、奏でるために。 |