バレンタインからホワイトデーへ − 7日前− <柚木梓馬の場合> 「まったく、あの人は本当に……」 夕食を済ませて自室に戻ると、無意識にため息がこぼれた。 家族全員で食卓を囲んでの夕食時。 実質家長で柚木家のすべてにおいての決定権を持つ祖母から発せられた言葉。 それは、来週の金曜日に、とある財閥令嬢と夜に食事会を催すというのだ。 その日はくしくも、バレンタインデーと対なる日。 きっとそれを見込んで立てた、祖母の策略だろう。 柚木という家の鳥籠に生を享け、今までそれなりに上手く立ち回ってきた。 これが自分の運命なんだ、と諦めながら。 それを打ち砕いたのが、お前だった。 好んで使用している漆塗りの道具箱を開ける。 家人が唯一手を出さない、家長であるあの人にも開けられることのない、俺だけの宝箱。 そこには、薄い藤色の箱に、赤い目をした小さな白兎の絵が描かれている箱がある。 和紙で作られたそれはとてもいい色合いで、とても俺好みだった。 これは、お前が俺にくれたもの。 あのバレンタインデーの日。 放課後、いつものようにお前で遊ぼうと思って声を掛けると、お前は突然、笑顔になった。 そして、ちょうど良かった、といいながら、俺に小さな巾着袋を差し出した。 当然、俺はその日、朝からずっと同じような目に遭っていたから、それが何なのか予想はできた。 ただ、お前からもらえる、ということを除いては。 さも当然というようにそれを受け取ると、お前は苦笑いを浮かべていた。 たぶん、俺の受け取り方が予想通りだと思ったのだろう。 そう見せているのだから、当然の反応だ。 幼い頃から見につけた演技力が見破られたら、それこそ、これまでの俺の生き方が否定されてしまう。 だが、嬉しさは隠せなかったようで、その日の俺はお前で遊ぶことはなく、逆に不思議そうに思わせてしまったが。 道具箱にある箱の白兎に触れながら、俺は決心する。 あの人の言いなりになってたまるものか。 俺は、俺の好きなように、その日を過ごさせてもらう。 「計画どおりに事を進めるのは、俺だ」 お前には、俺の計画に役立ってもらおう。 そしてその日、お前は俺とともに過ごすんだ。 絶対に、お前を手放すものか……。 |