星奏学院音楽科 練習室棟。 3人はリリに指示されたとおり、練習室棟の「101」と書かれたプレートのある部屋の前にいた。 『会わせたい人間もいる』 リリはそう言っていた。 ということは、少なくともこの練習室に誰かしら人がいる、ということになる。 「やっぱり、ノックして入った方がいいわよね。礼儀として」 隣に並んでいるふたりに向かい、確認をする。 それに対し、は素直にうなずいた。 しかし……もうひとりは、練習室の扉にある擦りガラスをじぃっと覗き込んでいた。 「、なにやってんの?」 「え? いや……この扉のガラスから中が見えないかな〜って思って」 の声に、はエヘヘと言いつつ屈んでいた体勢を元に戻した。 苦笑いのふたり。 そして、相変わらず突飛な行動をするなぁ、と思うのだった。 「……じゃ、開けるよ」 ふたりがうなずいたことを確認すると、は練習室の扉をノックし、静かに開けた。 扉の先には、先ほどが叩いたノックの音を聞いたからか、座っていたピアノの椅子から立ち上がった少女の姿があった。 「……日野ちゃんだ」 は思わず、見たままを言葉にしていた。 そう。 3人を待っていたのは、ゲーム『金色のコルダ』の主人公である、「日野香穂子」本人であった。 胸元まであるワインレッドの髪、カーキ色の普通科の制服に臙脂色のタイをしている少女は、3人が良く知る人物の姿、そのものである。 突然名を呼ばれた日野は、驚きつつも、目の前の同じ学校の生徒であろう3人を見て、「ええと……」と口ごもった。 「あ、ごめんなさい。知らない人に突然名前を呼ばれたら、びっくりするよね」 考えるより行動に出ちゃうんだよね、と、は日野に詫びた。 その行動に、とは、やっぱり苦笑するしかなかった。 「ええと、日野香穂子さん……ですね? 初めまして。突然話しかけてごめんなさい」 困惑気味の日野に対し、優しく話しかける。 「私たちは、ある生き物に指示されて、この練習室に来たんです」 自分たちがここに来た事情を説明する。 「それで、指示された練習室に入ったら、日野ちゃ……じゃなくて、日野さんがいたの。リリが言ってた『会わせたい人間』っていうのが、 たぶん、日野さんだと……」 「リリを知っているんですか!?」 が話している途中で、日野は突然叫んだ。 突然の大声に驚きつつも、日野の言葉にうなづく3人。 そして、自分たちは、リリによってこの世界に召喚された別次元の人間であることを話した。 すると、日野は3人に意外なことを話した。 「もしかすると、リリの声が聴こえなくなったのは、それが原因なのかも……」 「リリの声が聴こえない?」 疑問を同時に発した3人。 日野は3人の言葉にうなづくと、事の経緯を話し出した。 学内コンクールが開催されると発表があった日、日野は学校の渡り廊下でふよふよと浮かぶ小さな人型の生き物に遭遇した。 その生き物は「ファータ」という妖精で、名を「アルジェント・リリ」と言った。 ファータが見える、というだけでコンクール参加者となった日野は、リリから魔法のヴァイオリンを与えられ、リリの指導のもと、 コンクールに参加するべく練習を行うことになった。 さらにリリは、日野の応援と呼ぶ、といって姿を消した。 この日まで、日野とリリは確かに会話することができていた。 しかし翌日。 日野がリリと会ったときには、すでに声は聞こえなくなり、会話ができなくなったというのだ。 その日がいつかを確認すると、3人の夢にリリが出現し、この世界に召喚すると宣言された日であることが分かった。 「私たちをこの世界に召喚したことで、リリに何らかの変化があったのかな?」 「……そのとおりなのだ」 つぶやくの言葉を継いで突然現れたリリに、それぞれが驚いた。 「『そのとおり』って……どういうことか、説明してもらえるかな?」 現れたリリの言葉に眉をひそめ、はリリに説明を促した。 リリが言うには、新しく覚えた魔法を使うことと日野の助っ人を呼ぶということが一石二鳥で叶うため、召喚の魔法を使ったそうだ。 しかし、新しい魔法を使ったことが今までなかったため、本来できるはずのこと、つまり、コンクール参加者たちとの会話や、 魔法のバイオリンのメンテナンス等ができなくなるほど、力を消耗することが分からなかったのだという。 「じゃあ、現時点でリリと会話ができるのは、私たち3人だけ、ってこと?」 と、そして自分をそれぞれ指差す。 「そうなのだ。だから、お前たちには我輩の言葉を参加者へ伝える役割を担うとともに、日野香穂子のサポートも務めてほしいのだ」 それに、とリリは続ける。 「人々の音楽への関心が高まることが、我輩たちファータの魔法の活力となる。だから、コンクールを通して関心を高めれば、 必然と我輩たちの魔法の力を元に戻すことになり、日野香穂子と会話することや、おまえたち3人を元の世界に戻すこともできるようになるのだ」 「結局、協力しなければならない、ってことね」 リリの説明を受け、ため息をつく。 「すまないのだ。我輩も、こんなに魔法の力を消耗するとは思わなかったのだ」 「やってしまったことを悔やんでも仕方ないよ。で、私たちは何をすればいいの?」 しょんぼりとうなだれるリリの頭を、優しく励ますように、ポンポン、と触れる。 ももうなづきを返している。 彼女たちの心に、言葉に、リリの顔には、やっと笑顔が戻った。 「まず、お前たちのこの世界での戸籍を作ったのだ。お前たちは3人、従姉妹として生活してほしいのだ。そして、同じ苗字を名乗ってほしい」 「私たちは従姉妹で同じ苗字を名乗るのね。 何ていう苗字を名乗ればいいの?」 腕組みをしてリリに問う。 何かを考えるときに腕組みをするのは、彼女の癖のようだ。 「『』。ファータの加護を受けた名前なのだ。これを名乗ることで、お前たちは常にファータの加護の元に行動することができるのだ」 「、ね。かっこいい名前じゃない」 リリに対し、いつもはするどい突っ込みをするも、このときは笑顔でそう答えた。 「それから、お前たちは日野香穂子と同じく、星奏学院の生徒になってもらう。それと同時に、コンクール参加者への伝達人になってもらいたい」 学科と学年は制服で分かるな、とリリは言う。 「は音楽科3年、チェロ専攻だ」 「チェロ!? 私、弾けないよ!」 「この世界で、お前は音楽科の生徒と同レベルの弾き手になっているのだ。大丈夫、安心していいのだ」 ううむ、と眉間にしわを寄せる。 「は大学部の3年で、声楽専攻に在籍してもらうのだ」 「声楽?」 「コンクール担当の金澤紘人とつながりを深くするためなのだ。それから、大学でのクラスは王崎信武と同じなのだ」 「かなやんと王崎先輩……」 突然出てきた人物の名前に、はと同様、眉間にしわを寄せた。 「最後に、お前は普通科2年。それから、日野香穂子の伴奏者を引き受けてもらいたいのだ」 「ええっ!? 私が日野ちゃんの伴奏者!?」 「えっ!? 私が何!?」 突然の指名に驚く。 そして、自分の名前が出たことに日野も驚いて言葉を発した。 いろいろと話が進んでいるようなので、日野はあえて第三者としての位置にいた。 異次元から来たと言う彼女たちが元の世界に帰る方法が分かれば、そして、リリと会話できるようになる方法が見つかれば、 と思っての行動だった。 そのため、突然自分の名前が出たことに驚いてしまったのだ。 しかも、自分と同じ普通科の制服を着た少女は、「自分の伴奏者」と言ったのだから。 「あ、そうか。日野さんはリリの声が聴こえないのよね」 は、今までのリリとの会話をかいつまんで話した。 リリの声が聴こえなくなった原因、コンクール開催に伴う・・ら3人の役割、そして、コンクールにおいて、 が日野の伴奏者となることを。 「た、確かにピアノは習っていた時期はあるけど、でも、かなり昔のことだよ? ブランクありまくりだよ?」 「いいんじゃないの? は日野さんと同じ普通科だから、交流を深めるためにも、ね?」 「そうそう。私、ちゃんのピアノ、聴いてみたいな〜」 「もう! さんもさんも、他人事だと思って〜!」 との言葉に、口を尖らせる。 「でも……リリのこととか、魔法のヴァイオリンのこととか、真実を知っている人が一緒にいてくれるのならば、すごく心強いです。 だから、私からも、伴奏者の件をお願いして、いいです、か?」 「日野ちゃんに言われちゃったら、断れないよ〜」 う〜、とうめきながらも苦笑いする。 「それでは、改めてお願いするのだ。我輩と、日野香穂子をサポートして、コンクールを成功させてほしいのだ。この通りなのだ!」 宙に浮いたまま深々と頭を下げるリリに、仕方ないな、と承諾する3人。 その返事に、リリはやっと、心からの安堵の表情を浮かべた。 「忘れていたが、お前たちの住まいは、ここから徒歩圏内にあるマンションの一室を用意した。地図と鍵はこれだ」 リリが一振りしたステッキから、3人の手元に鍵とマンションへの地図が落とされた。 「明日の放課後、またこの練習室に来てほしい。日野香穂子の名前で我輩が予約を入れておく。では、頼んだのだ!」 そういい残し、キラキラした残像を残しながら、リリは姿を消した。 しんと静まり返った練習室に残されたのは、・・の3人と、日野香穂子。 「……大変なことになったわね」 「でも、これを乗り越えないと、元の世界に帰れないし」 「やるしかない、ってことですね」 3人は顔を見合わせ、うなづく。 そして、改めて日野に向かい合った。 「改めて自己紹介しますね。私は、。星奏学院高校音楽科3年、チェロ専攻です」 「です。星奏学院大学3年で、声楽を専攻しています」 「ええと、、です。日野さんと同じ、星奏学院高校普通科2年生です」 「日野香穂子です。星奏学院高校普通科2年です。これからよろしくお願いします」 「こちらこそ、よろしくお願いします」 「……ところで」 深々とおじぎしつつ挨拶が終了すると、突然、は切り出した。 「日野さんのこと、『香穂ちゃん』って呼んでいいかな? 私もでいいから。それから、同級生ってことだから、敬語はなしで」 にっこり笑うに、当たり前だが驚きを隠せない日野。 しかし次の瞬間、ぷっ、と吹き出したとともに、笑みを浮かべたまましっかりとうなづいた。 「うん、よろしく、ちゃん。伴奏、よろしくね!」 「う〜ん……あまり過度な期待はしないでほしい、かな?」 何とも気弱なの答えに、依頼した日野も、ふたりを見ていたとも、一斉に笑い出した。 彼女たちの笑い声は、夕陽から闇へと変わる逢魔が時の空へと消えていった。 こうして、3人の『金色のコルダ』世界での生活が幕を開けた―――。 |