太陽の橙が校舎や生徒たちに安らぎを与える夜へと導く頃、正門前のファータ像と背中合わせに各科の校舎を見ている少女がいた。 胸元に黒いリボンを携えた音楽科3年生の少女、音楽科校舎に生み出された光のひとつだ。 「たどり着いてはみたけれど……誰もいないし、何もない」 音楽科校舎からここ、ファータ像まで特に問題なく到着した彼女は、『夢に出現した人ならず者』の存在を探していた。 彼……いや、彼女だろうか? 昨晩の夢に出現したその性別不明な生き物は、彼女に『下校のチャイムが鳴る頃にファータ像の前に来るように』と告げた。 その言葉どおり、彼女はチャイムが鳴る18時より5分ほど前に、こうして指示どおりの場所にたどり着いたのだ。 しかし、誰の気配もない。 もちろん、下校する生徒たちの姿はちらほらと確認できるので、誰もいないというわけではない。 ただ、『人間の姿はある』というだけだ。 彼女が探しているのは、自分と同じ人間ではない『人ならず者』なのだから。 ファータ像に寄りかかり、顔を伏せてふっとため息をついた瞬間、聞き覚えのある声が、彼女の名を呼んだ。 「もしかして……?」 たった今伏せたばかりの顔を勢いよく上げると、そこには、久しぶりに見る彼女の数年来の友人が立っていた。 グレーのパンツスーツに身を包んだ友人……彼女もまた『人ならず者』によって生み出された、森の広場の光のひとつだった。 「まさか……!? なの!?」 自分の名を呼んだ友人に対し、目を丸くして思わず大声を上げてしまう。 そんなに、は「相変わらずだなぁ」と微笑んだ。 「やっぱりだ! すっごい久しぶり〜って言いたいんだけど……」 「うん、こんな状況じゃ、喜んでいられないよ、ね」 お互いに顔を見合わせ、深くため息をつくふたり。 そして、改めて辺りを見回すが、それらしき気配は依然として感じられず、空が暖かな橙から安らぎの闇へと徐々に変化しているだけだった。 キーン コーン …… 突然響き渡る音に驚き、校舎を見上げると。 中央の上部にある時計を見ると、長針は12、短針は6を指していた。 下校時間を知らせるチャイムが鳴ったのだ。 それは、『人ならず者』……夢に出現したファータ、アルジェント・リリが指示した時刻でもあるのだが…… 「チャイムが鳴ったのに出てこない」 は腕組みをしてつぶやいた。 隣でもそれに同意してうなづいている。 チャイムが鳴り終わり、その余韻が完全になくなっても、依然としてリリは現れなかった。 「……どういうこと? いきなり約束破り?」 どうにも納得がいかないは、に向かって首をかしげた。 もちろん、納得がいかないのはも同じだ。 と同様に困惑して眉根を寄せた。 すると、どこか遠くから、軽快な足音が聴こえた。 「……えっ!?」 は耳にした足音のする方向へと視線を送ると、そこには、いつかの某イベントで見たことのある姿の友人が、自分たちに向かって近づいて来ていた。 その姿とは、星奏学院普通科の制服。胸元の臙脂色のタイが、弾む身体とともに飛び跳ねているのが見える。 彼女もまた、・と同じく、普通科校舎のエントランスに生み出された最後の光である。 たちに―正確にはファータ像に―走ってきた少女は、彼女たちの姿を見つけると、何かを言いながら泣きそうな顔で一目散に走りこんできた。 「さぁ〜ん! さぁ〜ん!」 「えっ?」 声とともに何かが自分にしがみついた衝撃を受け、はよろめいてしまった。 しがみついたのがひとりであればきっとそのまま倒れてしまったのだろうが、一緒ににもしがみついていたので、その分の衝撃が分散され、何とか立ちとどまるに至ったようだ。 彼女たちにしがみついた張本人は、安心してか、うるうると瞳に涙を浮かべて「よかったよかった」と繰り返していた。 「もしかして……いや、もしかしなくても、なの?」 「うん、ちゃんだよ」 の正面から左腕を回し、左肩越しに額をつけてしがみつく少女は、から見れば顔が確認できない。 しかしは、しがみつかれたのは右腕であり、そこにぶら下がる形で少女は居るため、顔も表情も確認することができるのだ。 少女の身長はよりやや高く、より数センチ低い理由から、このような形になったのである。 自分を拘束する少女が友人のであると確認したは、しがみついている彼女の背をゆっくりとさすった。 「大丈夫だよ〜、。私たちがいるでしょ?」 優しく話しかけるに、はぶんぶんと音がするくらい激しくうなづいた。 そのらしい行動に、もも「相変わらずだなぁ」と苦笑するのだった。 「おお! やっと全員、そろったようだな?」 3人が感動の(?)再会をしている中、突然頭上から声が降ってきた。 しかも、とても聞き覚えのある声……3人が遊んだことのある某恋愛シュミレーションゲームに登場するキャラクター、アルジェント・リリの声、そのものである。 ゆっくりと声のする頭上を見上げると、そこにはふよふよと『人ならず者』が浮かんでいた。 「やっと出てきたわね、諸悪の根源」 「悪とは失礼な! 我輩は、音楽を愛する心優しき妖精だぞ!」 「現実世界の人間を突然ゲーム世界に放り込む輩の、どこが『心優しい』の!? ど・こ・がっ!?」 「うぅぅ……」 「さて、詳しく説明してもらいましょうか? アルジェント・リリ」 「わ、分かったのだ! 分かったから、3人してそんな怖い目で我輩を見るな〜っ!」 表情は変えずとも口調は非常に厳しい、ここまで来るのにかなり大変だったのか、感情的に気持ちをぶつける、表情は微笑んでいるが目がぜんぜん笑っていない。 彼女たちに次々と矢継ぎ早に攻められ、リリは徐々に抵抗する力が弱々しくなっていった。 恐るべき乙女パワーである。 「おまえたちをここへ呼んだ理由をちゃんと説明するのだ。でも、ここでは説明しにくいから、場所を変えよう。音楽科棟の101練習室に来い。それに……会わせたい人間もいるのでな」 ファータ像から離れたリリは、背を向け、ゆっくりと音楽科校舎へと向かいつつあった。 しかし突然振り返り、魔法のステッキでの頭に触れた。 何事か?と警戒する3人(特に)に、リリは笑って告げた。 「これでよし。お前の方向音痴っぷりは、我輩、目が当てられん。だから、お前にまず、魔法を掛けた。これでお前が道に迷っても、ファータが見つけて迎えに行ってやれるぞ」 リリの言葉には絶句し、は「そうなの!?」と驚き、は「やっぱり」と苦笑いを浮かべた。 が待ち合わせの時刻に遅れたのは、生粋の方向音痴が原因であったようだ。 「ちょっと! 今この場でそれを言わなくてもいいじゃないの! ……あっ、いきなり消えるなんて卑怯よ! 姿を現しなさ〜い!!!」 リリに対して感謝はおろか、文句を言い始めたに、リリは姿を消すことで難を逃れた。 姿を消したリリに対し、の叫びはとどまることなく、夜の帳が下りた星奏学院内に声高らかに響き渡っていた。 |